「謄本」「抄本」という概念について

 今日は、戸籍等で頻出となる、「謄本」と「抄本」の概念について検討します。

<今日のポイント>
・まず、「原本」が存在する。
・「謄本」は全部、「抄本」は一部というのが原則的な理解である。

1.言葉の意味を知る

 広辞苑第六版DVD-ROM版によると、謄本と抄本は次のように定義されています。

謄本:原本の内容を全部謄写して作った文書。
抄本:原本である書類の一部を抜粋したもの。

 謄本や抄本は、戸籍取得時や不動産取引において、頻繁に使われる言葉です。
 広辞苑にもあるとおり、謄本や抄本は原本をどのように写し取ったか、という形態を表している言葉であって、全部を写し取れば「謄本」、一部のみを写し取れば「抄本」と言うことができます。
 これが原則的な理解ですが、実務で言う「謄本」と「抄本」については、広辞苑に書かれていない重要な要素が必要となります。それは、証明権限者の認証印が必要である、と言うことです。
 縦書きの手書き戸籍で謄本や抄本を作成する場合、認証印は役所の吏員が押印することになります。しかし、これがまた、ある一定の確率で押し忘れが発生します。この認証印が押されていない戸籍の写しは、ただの紙切れであって、戸籍謄本にも戸籍抄本にもなり得ません。実務屋にとって、この認証印のチェックは無意識のレベルにまで習慣化しておきたい処です。
 もっとも、役所によっては、戸籍も電子化が進み、コンピューター出力の戸籍を発行するが多くなっていますが、電子化された戸籍においては認証印が忘れられることはほとんどありません(全くないとは言い切れません)。

2.電子化の進行による呼称の変化

 電子化されたモノの「謄本」は、もはや公式には「謄本」とは呼べなくはなりました。なぜなら、対応する「原本」がそもそも存在しないからです。
 そこで、各手続ごとに、対応する書面を定めて定義しています。

不動産登記の場合

 不動産登記においては、概ね以下のような対応で「謄本」と「抄本」を区別することができます。

謄本
全部事項証明書
抄本
現在事項証明書・○区○番事項証明書

 全部事項証明書を請求すれば、抹消された事項も含め登記記録の全てが出力され、証明印が押されます。
 現在事項証明書は、現在効力を有している記録のみが出力されるため、抹消された担保などは表示されず、所有者についても、原則的には現在所有者のみが表示されます。

商業登記の場合

謄本
履歴事項全部証明書
抄本
履歴事項一部証明書・現在事項全部証明書・現在事項一部証明書

 最も情報量が豊富なものは履歴事項全部証明書です。ただし、履歴事項とは言っても、会社設立から全ての履歴が表示されるのではなく、過去の履歴で表示されるのは、請求日から遡って3年前の年の年初(1月1日)からの記録のみです。
 商業登記では、登記記録の必要部分だけを抜粋して請求することができ、それを「全部」か「一部」かで概念していますので、履歴事項であっても一部のみの証明を請求することも可能です。

戸籍の場合

謄本
戸籍全部事項証明書
抄本
戸籍個人事項証明書

3.社会的な通用名称について

 社会人ともなると、不動産や会社の登記記録が必要となったり、戸籍謄本が必要になる場合が出てきます。
 この際、登記簿については電算化が原則完了しているため、銀行やその他の記録を必要とする機関においても、説明の際には「履歴事項証明書」「全部事項証明書」と言った言葉を使うことが当たり前となっています。しかし、口頭での説明では未だに「謄本」という言葉が使われることもあり、請求者に小さな混乱を招くことがありますが、上記の対応でお考え頂いて問題はありません。

 戸籍については、まだ電算化の途上ということもあり、戸籍謄本という言葉が頻繁に使われます。謄本は全部、抄本は一部、と言う覚え方で一般的には問題ないでしょう。

4.抄本を謄本で代用しうるか、と言う問題

 戸籍謄本は、戸籍に関する全部の事項が記載されていますので、抄本の役割をも兼ね備えている、とも言えます。このことから、「とりあえず謄本を取っておけば大丈夫」という発想が実務で散見されます。
 たしかに、情報という意味においては、謄本は抄本の役割を果たすことができます。しかし、近時、個人情報保護の観点から抄本が必要とされるケースもあり、それを謄本に代えて提出した場合、提出先が不要の箇所を塗りつぶすことがあります。
 たとえば、相続手続に必要とされた相続人の戸籍抄本を戸籍謄本で銀行に提出した場合、銀行が不要な部分を塗りつぶして稟議に添付するケースがあります。そして、登記のために司法書士がその戸籍を受け取ると、司法書士の先生は一瞬顔色が変わって、「これで登記とおるんかいな」と内心不安になられる、という可能性があります。
 ですので、抄本が必要と言われた場合、現在では言葉どおり抄本を請求して渡しておくのが無難と言えるでしょう。

5.まとめ

 謄本と抄本という言葉は、既に古くなりつつはありますが、まだまだ根強く使われる、ある種便利な言葉と言えます。
 わからなくなれば、担当者に連絡して確認し、言われたとおりのものを請求して即日、その担当者へ持ち込みましょう。もし間違っていたとしても、運が良ければその日のうちなら差し替えてもらえる可能性がありますが、それは交渉次第です。そして、その交渉は行政書士の業務範囲外であることは、ここで申し上げるまでもありませんね。

 ご参考になさってください。
 なお、不要箇所が塗りつぶされた戸籍で登記がとおるかどうかという問題ですが、私の前職での経験から申し上げるなら、通るものと考えられます。が、これも行政書士業務の範囲外であり、登記官により取扱が異なってもおかしくない事例とも考えられますので、あくまで経験談、という理解でお願い致します。