『まだ結婚できない男』に出てきた飲食店の事業譲渡について

阿部寛さん演じる偏屈建築家桑野氏の日常を描いた『結婚できない男』、続編がスタートしていますね。その名も『まだ結婚できない男』。
前作大ファンの私としては、吉田さんや稲森さんがフィットするのだろうかと思っていましたが、始まってみるとなかなかどうして。前作の世界観そのままで、少し人に関わり合いたくなってる桑野さんがいい味だしていらっしゃいます。第5回の放送では大好きな野波麻帆さんがゲスト出演。ちょっと国仲涼子さんっぽい話し方が懐かしく、楽しく視聴しました。

その第5回の導入部分に、桑野氏が飲食店の事業譲渡について調べているシーンがあり、まどか先生が「会社の株式を100%買い取る形であれば(許可が)引き継がれることになる」と答えていらっしゃいました。

これ、実務ではキケンと言える回答ですね。久々のブログ、本稿ではこの「飲食店の事業譲渡」について検討します。

『まだ結婚できない男』に出てきた飲食店の事業譲渡について

飲食店の営業許可

飲食店を開業するためには営業許可が必要です。根拠法律は食品衛生法です。

第五十一条 都道府県は、飲食店営業その他公衆衛生に与える影響が著しい営業(食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律第二条第五号に規定する食鳥処理の事業を除く。)であつて、政令で定めるものの施設につき、条例で、業種別に、公衆衛生の見地から必要な基準を定めなければならない。

第五十二条 前条に規定する営業を営もうとする者は、厚生労働省令で定めるところにより、都道府県知事の許可を受けなければならない。
(以下省略)

法律の条文では、基本的に第一条にその法律の目的が書かれています。

第一条 この法律は、食品の安全性の確保のために公衆衛生の見地から必要な規制その他の措置を講ずることにより、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、もつて国民の健康の保護を図ることを目的とする。

凄いですよね。健康の保護を図ることを目的としてちゃんと飲食店営業について許可制が導入されている。
日本って素晴らしい国だな、と思います。

許可制ということは、不許可になる場合があるの?と思われるかも知れません。けれど、第52条第2項では「(略)その営業の施設が前条の規定による基準に合うと認めるときは、許可をしなければならない。(以下省略)」と規定されており、原則許可ありきの手続であることが読み取れます。

なお、飲食店を営業する建物は建築基準法上の特殊建築物になります。この点、特に京都は路地奥での営業を考える際などに注意が必要ですね。

許可の「引継」

許可については承継がよく問題になります。この承継については、全ての許可に当てはまる「通則」というものはなく、個別の許可毎に考える必要があります。

そして、飲食業の許可承継については、食品衛生法第53条に規定があります。

第五十三条 前条第一項の許可を受けた者(以下この条において「許可営業者」という。)について相続、合併又は分割(当該営業を承継させるものに限る。)があつたときは、相続人(相続人が二人以上ある場合において、その全員の同意により当該営業を承継すべき相続人を選定したときは、その者)、合併後存続する法人若しくは合併により設立された法人又は分割により当該営業を承継した法人は、許可営業者の地位を承継する。
2 前項の規定により許可営業者の地位を承継した者は、遅滞なく、その事実を証する書面を添えて、その旨を都道府県知事に届け出なければならない。

この条文が本稿での論点となります。以下、条件分岐で考えましょう。

【営業者が個人だった場合】
・事業譲渡しても、許可は取り直しとなる。つまり、個人の事業譲渡を許可書に反映させる手続はない。

【営業者が法人だった場合】
・合併の場合、許可を持っている法人を吸収した会社、または新設する会社は、許可を承継する。ここで大切なことは「許可を承継することができる」ではなく、当然に承継する、という点です(いわゆる包括承継)。
・会社分割の場合、分割契約に許可の承継を含めているかどうかがポイントとなる。許可の承継を含めていた場合は、許可営業者の地位を当然に承継する。

ということになります。

事業譲渡と会社分割は、共に会社法で概念されていますが、似て非なるスキームです。事業譲渡については会社法で手続面での細かな法整備は行われていませんが、会社分割においては原則債権者保護手続きが必要となる他、登記事項にもなります。

飲食店営業そのものの承継については、どちらのスキームを採用するかは税務面等も含めた総合的な判断になるでしょう。
しかし、こと「許可の承継」に限って言えば、事業譲渡では無理で、会社分割手続を使う必要があります。

そして、事業譲渡でも会社分割でも「会社の株式を100%買い取る形」というのは想定されていません。そもそも事業譲渡の原則的な世界観は、株式の移動なしに事業を移すことのようにも思います(私見)。

まどか先生の回答に対するあてはめ

会社分割では、基本的に承継する会社(または分割により新設する会社)から分割する会社へ対価が支払われます。が、それは株式の全部移転とは全くの無関係なお話しで、対価は株式に限られません。

つまり、飲食店営業の許可承継については、合併または会社分割の場合のみに認められるのであって、株式の移転そのものが問題になることはない、ということになります。

そうすると、まどか先生の回答は資格者としては優良な回答とは言えません。
しかし、私はこれにいちゃもんをつける気は全くないのです。これはドラマであって、台詞の中に「会社分割」などという聞き慣れない言葉を入れるよりも、イメージで「丸ごと移す場合は」というのを伝えられれば、そちらの方がドラマとしては分かりやすい。

なので、回答としては「?」な部分はあるけれど、台詞としてはOKといったところでしょうか。

私が監修していれば「合併だったり、引き継げるケースはありますが、相談者さんが最終的にどのような形をお考えかによって、方法は変わってきますね」と言う台詞にするでしょう。これだったら、まどか先生の実力とお人柄が上手く伝わるのではないでしょうか。

なお、たとえば建設業の許可は、合併や会社分割によっても承継されず、承継法人は新たに許可を取得する必要があります。手続によって取り扱いはことなりますのでご注意ください。